もがき続けて早明抜いて志願者数V2…近大、世耕石弘広報部長

産経ウェストにこんな記事が載っていました。


今春、音楽プロデューサーのつんく♂(47)が喉頭がんによる声帯摘出を告白し、反響を呼んだ近畿大学(大阪府東大阪市)の入学式。仕掛けたのは、近大広報部長の世耕石弘(いしひろ)(46)だ。第1志望への進学がかなわないなど不本意入学生が3割に上るという意識調査を踏まえ、近大は学生生活を前向きに切り替えるショック療法の意味を込めて入学式を“ド派手”に演出している。OBでもあるつんく♂にプロデュースを依頼して2年目だ。

 ただ、昨年度はつんく♂は治療で出席がかなわず、今回も「登壇の保証もない」と逡巡の気配があった。世耕が「登壇などの話題性のため依頼しているのではなく、画期的な入学式にするにはつんく♂さんのアイデアが必要」と説得し、「新入生が純粋に感動できる場に」と働きかけた。

 その結果、つんく♂が「私も声を失って歩き始めたばかりの1回生」と新入生にエールを送った入学式は、全国にメッセージを発信する場にもなった。

  
◇  ◇  ◇

 世耕は、近大の初代総長(学長兼理事長)、世耕弘一(故人)の孫にあたる。3代目理事長の弘昭(ひろあき)(同)の次男。4代目理事長で内閣官房副長官の弘成(ひろしげ)(53)の弟だ。

 平成19年、近畿日本鉄道(現近鉄グループホールディングス)広報課長から近大に転じた。ミッションは入学センターの入試広報課長として入試の志願者を増やすことだった。弘昭からは「減らしたらクビ」と言い渡された。御曹司どころか、雑巾がけの丁稚(でっち)奉公からのスタートだった。

 世耕は学外からの視点で「研究などの実力が正当に評価されていない。広報で潜在力をアピールすれば志願者は増える」と感じた。


 そこで持ち出したのが平成14年に世界で初めて完全養殖に成功した近大マグロだ。世界でクロマグロの漁獲制限が強化されるなか、天然の稚魚を捕獲して育てる通常の養殖に比べ、人工孵化(ふか)させた稚魚を成魚に育て、再び産卵させる完全養殖は天然資源を損なわないのが特徴だ。発表から5年が経過し、学内には「いまさら」という雰囲気があったが、新聞広告などいたるところでアピールすると、天然資源の枯渇を防ぐ研究として近大の知名度を押し上げた。

  
◇  ◇  ◇

 26年度の入試で手書きの願書請求を廃止し、全国で初めて完全ネット出願に移行したのも世耕の発案だ。毎年13万部の願書セットを準備し、4分の1の20トンの紙を廃棄する実態に「おかしい」と感じたのがきっかけだ。「紙の無駄をなくせば環境に優しい姿勢を打ち出せる」と「エコ出願」と銘打った。

 受験世代がインターネットに親しんでいることが定着を後押しした。

 高校への説明会に教職員を動員した努力なども実り、18年度に5万人強だった一般入試の志願者数は27年度に11万人を超え、26、27年度と首都圏以外の大学で初の日本一となった。

 近大学長の塩崎均(70)は「次々とアイデアが出るのは、泳ぐのをやめたら死んでしまうマグロのよう。彼なくして志願者数日本一はない」と言い切る。

 世耕は4月に広報部長に昇格し、学内外の誰もが認める番頭になりつつある。

  
◇  ◇  ◇

 「世耕の名を背負っている以上逃げられんやろう。覚悟を決めたらどうや」

 平成19年秋、大阪・上本町の居酒屋で学校法人近畿大学常務理事の杉浦浩三(69)が語気を強めた。迫られた近畿日本鉄道の広報課長だった世耕石弘に返事はなく、「うーん」とうなるばかりだった。


 近大で秘書畑を歩み、当時の理事長で世耕の父、弘昭の番頭役だった杉浦はそれまでも世耕と酒を酌み交わす度に「それで、いつ近大に来るんだ」と軽口をたたいていたが、その日はいつになく力が入った。

 たまたま入試広報担当のベテラン職員が役職定年を迎え、広報のプロを探していることもあったが、それだけではなかった。父だけでなく、参院議員の兄、弘成も当時は副理事長として大学運営に携わっており、「父や兄を支える番頭が必要になる」と感じていた。

 一方、ホテルマンに憧れて近鉄に入社し、系列の米国ホテル勤務も経験した世耕は、近大に就職するつもりはなかった。ただ、広報課に在籍したのが大阪近鉄バファローズの売却など大規模な構造改革を進めた時期にあたり、リストラの広報に疲れていた。

 19年8月に日本一の高層ビル(現あべのハルカス)建設の記者発表を広報課長として取り仕切り、「攻めの広報」を経験したことで気持ちに区切りがついた。節目の誘いに覚悟を決めた。

 世耕の近大入りが決まると杉浦は、弘昭から「成績が数字ではっきりするところで働かせろ」と指示された。世耕は19年12月、入学センター入試広報課長に配属された。

  
◇  ◇  ◇

 父はともかく、兄の番頭になるのは違和感があるかもしれない。ただ、世耕家では「兄弟の序列」が徹底していた。

 近大に転職後も弘昭には「兄をたてろ。そう育ててきたはずだ」と念を押された。世耕は「若いころは不満に思うこともあったが、今となっては大学で兄に敬語で話し、上司と部下の関係になるのは気分的には楽」と話す。

 一方の弘成も「大学では特に弟であることは意識せず、一人の部下として接した」と振りかえる。

 家庭環境は独特だった。父には子供は敬語で話し、旅行では両親はグリーン車でも子供は自由席。とにかく長幼の序に厳しかった。世耕には少年時代に父とキャッチボールした記憶が鮮明に残っている。キャッチャーのミットとマスクを渡され、父が投げ込むボールをひたすら受けた。投手を支える捕手の役割をたたき込まれているようだった。

 弘昭も父の弘一と、2代目総長で兄の政隆(故人)に仕え、学部にはいくらでも学生が集まるなか、学内の非主流の通信教育部の責任者としてチラシを配りながら必死に学生を集めた下積み経験があった。政隆の死後、60歳を過ぎて3代目理事長に就任した弘昭は世耕に弟道を授けていたのかもしれない。

  
◇  ◇  ◇


 2年連続で一般入試の志願者数で日本一を達成した近大の将来について、世耕は「名実ともに関西トップの私大にしたい」と意気込む。

 弘昭の死後、23年に4代目理事長(内閣官房副長官への就任に伴い退任)になった弘成は「大学をいったん離れた今は兄として相談を受けることはあるが、大学の常識にとらわれずに挑戦を続ける姿勢は評価している」と話す。

 とはいえ、偏差値に基づき関西私大のトップグループに位置付けられる関関同立(関西、関西学院、同志社、立命館)の壁がたちはだかる。下位に固定化された近大が追いつき、追い越すのは容易ではない。

 そこで、近大は偏差値とは別の価値観として「稼ぐ大学」というイメージを打ち立てようとしている。先に養殖に成功したハマチやカンパチを市場で売って研究費を稼ぎながら、32年かけて不可能といわれた完全養殖を成し遂げた近大マグロはその象徴だ。

 さらに豊田通商と提携して近大マグロの養殖事業を本格化。大阪・キタと東京・銀座で展開する養殖魚専門店ではマグロ料理が人気だ。食感や味がウナギに近いナマズの開発に成功すると、ウナギ養殖業者と共同で事業化に乗り出した。

 こうした取り組みをニュースとして発信する世耕の広報戦略が「社会に出て役立つ実学が身につく大学」というイメージを作り上げる。

 杉浦は「今はがむしゃらに突き進んでいるが、そろそろ大学全体をみるようになっていい。大学運営をしっかり経験すれば、弘成さんが戻ってきたときに気心の知れた頼もしい番頭になる」と期待している。(敬称略)

 
◆番頭の教え◆

 1部上場であっても世襲が少なくない日本の企業では、トップを支えるBANTOUの活躍いかんが企業の成長を大きく左右する。成長を遂げ安定期に入った企業には、企業を“守る”タイプのBANTOUと、さらなる成長を導く“攻める”タイプのBANTOUといった両輪が必要だ。

 攻めるタイプのBANTOUは、企業の創業期のように成功に執着し、失敗を恐れない姿勢とスピード感をもった実行力が必要不可欠である。

 (ビズグロー代表 杉村知哉)




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